合鍵をください

2007年2月6日 日常
>学生ニートかと思えば

いや、それで正解だぜ?

 

「なんであの子を放っておいたりしたの!」と叱られたことがあります、
滝野ですコンバンハ。

小さい子供から目を離したのではなくて、心理的ダメージを受けている人を
僕なりに「そっとしておいた」らそうなってしまったのです。

相手の気持ちも分からない奴は人間失格だと罵られたけれど、
ごめんなさい、僕には多分、それが一生分からない。

だって僕なりに想像してみた結果、彼女は「他人と接触
したくない気分」に違いないと思ったんです。

落ち込んで荒れている時、僕はそれを他人に見せるのが恐ろしい。
苛立ちは伝播するもの、だからこそ表面化させてはいけないと考える。

勝利の悦びなんか糞食らえだ、いわんや負の感情をや。
そうして何でも閉じ込める僕は、社会の中に生きているでしょうか。

僕の感情は社会に働きかけない、役目を持たない持ちたくない。

それは言わば魂のひきこもり、心のニートなのであります。
肉体を生かすために職業上(?)のニートになることは出来ずとも、
心は常に人との接触に脅えるひきこもりなのであります。

「そう思うなら開放すればいいじゃない!」と浅薄な人には
言われそうだけれど、問題なのはそこじゃないのです。

切実なのは、「閉じていること」ではなく「開けないこと」。

「幸福と感じられない」という人に対して「考え方ひとつだよ」と
言うのがこの上ない愚行であるのと同じように(まず「考え」ないと
「自分が幸福である」と納得できない時点で不幸なのは間違いない)、
開かないものを開ければいいという発想もまた愚かだと言えます。

 

鍵が欲しいなぁ。

僕が他人を受け入れたくないのは、そのせいもあるんじゃないかなぁ。
自分でも開けられない場所に他人を入れようとしても、扉にぶつかるだけで
つっかえて引っかかってアイタタタタって、今の僕はそういう状態なんじゃ
なかろうか。いや、ちっとも分からんけど、なんか中に蜘蛛の巣張ってそうだし。

 

自己を主張することが恐ろしく、されどそれを欠いては生きていかれず、
ウェブ上にこんな文章を書くのは僕の最後の悪あがきなんだろうか。

首を傾げつつケータイを閉じる今日この頃。

こんな文章打ってると指が引きつりそうになるよ。
でも電車の中で本も読んじゃって退屈だったんだよ……

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